エコアス馬路村

森林鉄道が魚梁瀬杉を運んだ時代
それは、馬路村が最も輝き、最も賑わっていた時代

日本中が林業最盛期を迎える中、魚梁瀬杉、そして山師(森の仕事人)の技術は全国に知られ、森と暮らす村民の誇りでした。

森を愛し、森を誇りに思い、森と共に暮らした村民の姿がここに在ります。

※ここで掲載している写真は、寺田正写真文庫によるものですので、転載・使用を禁じます。

『魚梁瀬森林鉄道と事業所』

土佐藩によって管理されてきた馬路村の山々も、明治時代に本格的な木材資源の開発が始まるにつれて、その多くが国有林となりました。
※現在、馬路村の森林面積において国有林の占める割合は75%となっています。

馬路村にも「馬路営林署」「魚梁瀬営林署」の二つの営林署が配置され、明治44年に国内3番目の森林鉄道が馬路地区に開通(その後、大正4年に魚梁瀬地区も開通)し、木材搬出の量産化が一気に加速しました。

魚梁瀬森林鉄道路線系統図

馬路村、北川村、安田町、田野町、奈半利町の5町村を走った魚梁瀬森林鉄道の総延長は250㎞。
馬路村の山奥で伐り出された魚梁瀬杉は、国内最大規模の森林鉄道に載せられて、川下の街まで運ばれていきました。

森林鉄道は、村の中心地から遠く離れた山々にも走っていました。
森林鉄道の行く先には、「事業所」と呼ばれる集落があり、山で働く人々とその家族が暮らしていました。
そして、男衆は朝早くから山へ登り、魚梁瀬杉を伐り、その跡地への植林、育林に汗を流したのです。

『山と向き合い、受け継がれる技術』

馬路村は1,000m級の険しい山々が連なっています。
このような環境に適した、「架線集材(集材機とワイヤーロープなどを山々に張り巡らせる方法)」と呼ばれる集材方式によって、魚梁瀬杉が集められ、森林鉄道に載せられていました。
当時の馬路村の架線集材技術は日本一と称され、その技術を習得するべく、日本中から多くの山師たちが集まってきたそうです。

「無駄のないように、そして何より安全であること。」
現在まで受け継がれてきた架線集材が、先人たちの知恵、経験、そして犠牲のうえに成り立っていることを忘れてはいけません。

魚梁瀬杉は、香りや品質の良さから、市場に出ると高額で取引され、村に潤いを与えてくれました。
長い年月をかけて育った良質な木材です。
伐り倒した魚梁瀬杉に大きな傷がついてしまうと、市場価値が下がってしまいます。
安全且つ、木の傷まない方向に正確に倒す技術が求められ、チェーンソーの無い時代は、ノコギリやオノなどを使い分け、1本の魚梁瀬杉を伐るのに、熟練の山師が二人がかりで一日以上かかることもあったそうです。

道具は益々便利になり、現在はどんな大木であっても、チェーンソーを使って伐り倒します。
しかし、道具が変わっても「伐り方」は変わりません。
代々受け継がれてきた「安全で正確」な伐り方があってこそ、価値ある木材になるのです。

『林業によって活気に満ち溢れた馬路村』

当時の馬路村は、林業最盛期。
山で働く人たちで活気に満ち溢れていました。
現在になっても「信号機」「コンビニ」も無い村に、映画館があったというから驚きです。

山で働く人たちは、日の丸弁当を持って山に上がり、夜は事業所の宿舎でお酒を飲みながら語らい、そして週末になると、魚梁瀬の街に買い物に出かけ、娯楽を楽しむ生活を送っていたそうです。

また、森林鉄道は、木材だけでなく生活物資や人も運び、馬路村と川下の街を結ぶ唯一の交通機関として活躍していました。
「命の保証はしない。」という物騒なお触書がありましたが、村民は愛着を持って、森林鉄道を「ガソリン」と呼んでいました。

『魚梁瀬森林鉄道の廃線』

昭和20年代に入ると、戦後の復興が進む大都市圏で電力不足が顕著になり、これを解決するべく全国各地の河川で水力発電計画が立案・実施され、全国屈指の雨量を誇る魚梁瀬地区から太平洋まで流れる「奈半利川」においても、昭和28年に、水力発電を目的とした「魚梁瀬ダム」の建設案が打ち出されました。

この建設案によって、魚梁瀬地区の集落が水没するだけでなく、魚梁瀬森林鉄道の軌道が方々で水没し、木材運搬が不可能になり、生業であった林業が崩壊するという問題に直面することとなりました。
住民だけでなく、魚梁瀬営林署や全林野などがダム建設反対の動きを取り、建設交渉は長期化しましたが、集団移転(現在の魚梁瀬地区)及び、魚梁瀬森林鉄道に代わる代替道路(現在の県道安田東洋線)の建設を実施することで折り合いがつきました。

そして、昭和32年に魚梁瀬ダム建設に伴う森林鉄道の廃止が決定。
木材運搬は、トラックによる陸上輸送に切り替わりました。

昭和38年、遂にすべての軌道撤去が完了。
村民の愛した森林鉄道は、輝かしい栄光と共にその役目を終えました。

現在、復刻した森林鉄道が、馬路温泉前と魚梁瀬丸山公園内を走っており、乗車体験をすることができます。また、現在も残っている森林鉄道遺産は、近代化産業遺構群(経済産業省)、国の重要文化財に指定されています。

『魚梁瀬森林鉄道遺産Webミュージアム』 http://rintetu.jp/100th.php

森林鉄道軌道路線図や当時の映像など、魚梁瀬森林鉄道の魅力が詰まったWebサイトです。

ギャラリー

  • 魚梁瀬杉の伐倒
  • ノコギリの目立て
  • 架線集材
  • 魚梁瀬杉と山師
  • 山間を走る森林鉄道
  • 東川事業所
  • インクライン

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